経典というと、厳かな文字の塊を思い浮かべがちです。しかし、東京国立博物館が所蔵する扇面法華経冊子は、もう一度見てくださいと、静かに促してきます。そのページは扇のかたちに開きます。日々の暮らしのなじみ深い道具が、聖なる文字を書くための土台になっているのです。

この作品は、扇面法華経冊子として知られています。東京国立博物館はこれを十二世紀のものとし、国宝に指定しています。最初の驚きは、そのかたちにあります。経典を日常の視覚文化から切り離して扱うのではなく、このページは、書と、描かれた場面と、扇のかたちを、一つの物のうちに取り込んでいるのです。

かたちが、読み方を変える

扇は、開いたり閉じたりするためにあります。広い面を手のひらに集め、また広げる。これらのページでは、その日常的な動きが、経典に触れる体験を変えます。文字はやはり文字ですが、読者はそこに、色彩や、枠取りや、紙のふちの丸みも、いっしょに経験するのです。

これは、この写本が法華経を軽く扱っているという意味ではありません。もっと興味深いことを示しています。信心は、しばしば、人々の暮らしの中にすでにある材料や、目に見える言葉を使ってきた、ということです。聖なるものと身近なものは、敵である必要はありません。

Lotus Villageの読み解き

注意は、何を読むかだけの問題ではありません。立ち止まって見ることを求める、そのかたちによっても形づくられるのです。

装飾的な扇で、写本を代用しない

この物は視覚的に印象的だからこそ、物語の代わりにどんな扇の画像でも使いたくなります。しかし、それは的を外しています。この写本が大切なのは、特定の歴史的な物が、経典の文字と、特定の視覚的な工夫の両方を担っているからです。装飾的な扇は、その証拠にはなりません。

最も良い向き合い方は、二つの問いをはなさずに持つことです。ここに何が書かれているのか。そして、文字の周りに何が見えるようにされているのか。その答えは、写本自身の中にあります。

訪問される方へ

収蔵品は、常時展示されているとは限りません。おでかけの前に、東京国立博物館の現在の展示情報をご確認ください。また、調査の際は転載画像ではなく、博物館の記録をご利用ください。

日常のかたちを、丁寧に持つ

扇のかたちのページは、文化の歴史が、しばしばかたちの小さな工夫によって運ばれてきたことを思い出させてくれます。読者はすべての文字を知る必要はありません。この経典が、手に取られ、開かれ、大切に見つめられるために作られたこと。それを見るだけで、十分なのです。

出典と参考文献e国宝 — 国宝・扇面法華経冊子 ↗東京国立博物館 — 国宝・扇面法華経冊子 ↗ColBase — 文化遺産オンライン統合データベース ↗